chiku chiku

袈裟仕立てのことを中心に書く日々のこと。

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私はすっかり感動してしまった。

『森の記憶』~井筒一博写真展~


1月に、シェアカーは次の乗り手さんにバトンタッチすることが決まり、お届けすることになっていました。
なのに、なぜか手続きやらナンやら…色々あって、何度もキャンセル!
のびのびになっていました。
ピカチュウ(シェアカーの名前)は嫌がってるのかな?とまで、思ったのですが。
わかりました!

この写真展に行くためだったんだ!

私がこの写真家さんと知り合ったのは、6年前。
でも、写真を見たのはこの日が初めてでした。

次の乗り手さんに、「どこへでも行きます!どこに届けに行けばいいですか?」と連絡しました。
指定されたのが、この写真展の会場でした。
小さな展示会場でしたが、一歩入ってびっくり。
別世界…でした。

まず驚いたのが、和紙!
和紙に感光材を塗って、写真を焼きつけられているのです。
こんなことが出来るなんて!

今まで、写真に興味を持ったことはありませんでしたが…
その理由のひとつがわかりました。
紙の質感です。
ツルンとしたものに映し出されたものは、私にとっては“タダ”の写真でした。
現実とは違う…
ホンモノではない… 
既に過去…
そういう印象でした。

でも、なぜでしょう?
和紙だからでしょうか。
ありありと、別の、ホンモノの、世界を感じました。

いや…
ここが、写真家さんのすごさです。

『記録をひもとくような写真ではなく、記憶をまさぐりかきまぜるような写真』

を、とりたいとねがっている…と、案内に書かれていました。

“記憶とは10秒前も10年前もいっしょくた。
 記録とはそれらを時系列にそって並べ換えたもの” だそう。

なるほど!

私は一瞬にして、森へ入り込んでしまったのです。
まさに『森の記憶』。

う~ん。
すごい。

ちょっとこれは、今までに感じたことのない感覚です。
じわじわきてます。
写真展に行ってから5日目。
感じてたことが、やっと言葉になりました。









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母と姉。

先週末から姉が実家に帰省中。
年末からこれで3度目。
私は、飛行機はできる限り乗りたくないって思うけれど、姉はピピっと予約して、とっても安いチケットで簡単に北海道と京都を行き来している。
今は長い春休みで、寮に滞在してる人がいないので、全部ひとりで暖房費を負担しなくてはならないそうなので、それだったら…と実家で過ごしているというわけ。
夏場は大忙しのお店でバイトをしているけれど、この時季は人手いらず。
なので、帰省中に袈裟を縫い、仕立ての方も覚えようとの考え。

実家から関空までは、父に車で送ってもらうのだけれど、父が自宅に帰るより早く姉は北海道に着いている。
それも、3000円台のチケットで。
きっと父の高速代とガソリン代の方がずっと高いのだろう。
距離と時間とお金との関係は、比例するわけではないみたい。

まぁそれはいいとして。
姉が実家で生活しているということは、母にとってとてもいいみたいで。
母にとっていいことは、即ち父にとってもいいというわけで。
私だったらこうはいかない…ので、姉の存在にとても感謝している。
母も父も幸せそうだから。

今日は父が昨日から出掛けてるからと、姉と母は京都市内までやって来た。
2時過ぎに「お昼ごはん食べた?」と電話がかかる。
まだだったので、仕事の手を止め出掛けることに。
昨日の寒空がうそみたいに、あったかなおひさま。
3人でお蕎麦。

こういうことって、ほんとに今までしたことがないので…
ちょっとむずむずするけど、仕事も気になるけど、乗っかってみる。
母と姉が仲好しでよかったよかった。





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京都の寒空。

賀茂川。

北山大橋からの眺め。
ぴゅ~ぴゅ~の冷たい風の吹く中、小学生がたくさん走っている。
駅伝?いつだったっけ。

こういう空の色、寒く冷たい冬は、あとちょっと。
寒い中をうろうろするとからだがちぢこまって、肩がこるのだけれど、今の間にちゃんと感じておこう。

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最近の仕事はというと。

このような感じ。

色、鮮やかな。

黄木蘭の羽二重と駒紗は真言如法衣。
萌黄の紗(鮮やかなみどりの方)は、反り付き七条の裏付仕立て。←刺繍も入る。

縫い子さんにまわってる天竺衣の縁付けを間に入れつつ、
誰かがおこたに入りに来たら、大きな袈裟は広げられないので、小物作りやお直しのほどきを。
今は有り難いことに、色んな仕事をあずかっているので選り取りみどり。
納期日は頭に入っているので、優先順位を確認しながら、色んな仕事を同時進行で進めてゆく。
袈裟は色んな種類があるし、生地もいろいろ。
「家にこもってずっとやってて、よく飽きないね。」って言われることも多いけど、ほ~んと、飽きないんです。

夜はたいてい縫うことに専念。
今夜は知人と夕飯食べて、片付けや歯みがき終わったのが8時過ぎ。
後はただただ縫うだけ~(^o^)/~~と、言って縫い始めたら、「本当にこんな人は珍しい。」と、しばらくお喋りしながら眺めていたけれど、知人は退散。
うっふふ~、夜の楽しみなんですよ。

きっと、ヨガや瞑想してから寝る気持ちよさと同じだと思います。

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今日のこと。

今日の午後、おやつの時間に友人のオフィスにおじゃまする。
忙しい彼女を捕まえ、お茶をしながらの勉強会。
起業と補助金のことなどなど。
まぁ、私は勉強ってことより、付き添いみたいなもんですが・・・。
彼女の仕事のある部分ではちょこっと関わりもあるので、その話もしつつ。
そこから話はどんどん展開し、2時間ほどみっちりと。

一度帰宅し、珈琲をTHERMOSのボトルに淹れて、散歩。
もちろんその時もビジネスの話。
パン屋に寄ってパンを買って、近くの大学の構内で食べるつもりが、今日は日曜日。
見事にほぼ完売。
あきらめて、夕飯用のパスタを買うべくスーパーに向かう。
が、しかし。
からだがおかしい。

久しぶりの貧血の症状。
そうそう!
一昨日の夕方から調子悪く寝てて、昨日の午前中もぐったりだったんだ。
夕方からぼちぼちラクになって、今日は朝から普通に仕事してたので、忘れてました。

ビジネスの話は、私には畑違いも甚だしく、それもあって脳は酸欠になっていたのだな。
何度も足が止まり、私が動かないもんだから、知人はおんぶしてあげようか?とその度に言ってくれるけど、余りに申し訳ないのでがんばって歩く。

ふ~。
なんとか帰り着きました。
にゃはは。
貧血はもうほぼ改善されたと思っていたのでね。
急にいつものペースで行動したのは、失敗でした。
鉄剤も持ち歩かなくなってたし・・・反省点はたくさん。

今はもう大丈夫。
久しぶりのことだったけど、以前はよくあったことなのでまぁ平気。
でも、心臓が痛くなるとちょっと怖くなった。
つまりそれは、生きることへの執着の証拠。
うん。
それはいいことかもしれない。

さぁ、たっぷりと眠りましょう。


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もう満月!

ローチョコ作ろう!って思って、
そうだ!バレンタインデーまで日があるし、まず試作!
そう思っていたのはいつだったのか?
うまく作れたら、一番にあげようと思っていたチョコ好きの知人が、
「今日ってバレンタインデーやんなぁ。」と呟くのを聞いて、そのことに気づく。
(いつの間に?!)

夕方から読書しに、おこたに入りに来てた友人が、
晩ごはん食べてる時に「今日は満月だからのんびりしようと思っててん。」と。
(え。もう満月?)

最近、私は眠り過ぎているのか?
時間が経つのが早過ぎる。

この週末は雪で帰ってこれなかった息子。
次の週末までに、チョコを完成させよう。
息子が先月からはまっている、ラムレーズンのチョコ。
私がまず作ろうとしているのは、ラムレーズンチョコもどき(^^; だけど。

仕事が入って来るのと比例して、やりたいことも増えてゆく。
不思議な法則。
でもでも。
そういう時は集中力も増すからか、両方どんどんこなせてしまう。
これまた不思議な法則。

明日はピシッといこう!




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しんしんしん。

昨日のお昼くらいから降り始めた雪。
今日も朝からずっと降っています。
ほんとは昨日の夜には七番館に帰る予定をしていたのですが、もう一泊。
暗くなってから京見峠を行くのは、ちょっと気が進まなかったので。

それで、夜ごはんを食べた後から、仕事のつづきをやりだしたら…
思っていた以上に難しくて悪戦苦闘。
くぅーーーっと、なるので、珈琲を淹れたり休憩しようと思うのだけど、
結局止められなくて、ふ~っと息をついたら2時でした。

もう頭がいっぱいいっぱい。
やり終えたあとは、ほぉ~っとなって動けませんでした。
こんなことは、久しぶり。
怪我をして以来、こういうムキになるほどに仕事をすることはありませんでした。

眠ったのは、結局3時半くらいだったのか…?
メールをしてたら、起きてる知人がいて、メールは疲れるのでふとんにもぐって、真っ暗な中でSkype。
明け方5時に一度起きて、次に目が覚めたら9時でした。
もっと眠っていたかったのですが、雪だからか?起きだしてしまいました。

でも、どうもぼんやり頭が働きません。
昨夜、頑張り過ぎてしまったのか…?
年末から、息子→私→父→姉→父→母→…と、リレーのように続いている風邪が、また私のところへやって来たのでしょうか?

昨日のつづきをやり始めたのですが、どうも気が乗りません。
別の2種類の袈裟に取り掛かりました。
見本通りにつくるという南山衣と、天竺衣です。
まず見本の大きさを全部、帳面に書き記しました。
同じ反物からこの2枚の袈裟を作りますので、いり尺を計算し、どこでどの様に取るかを考えました。

今日はここでおしまい。
こういうぼーっとしている時、気が乗らない時は、絶対に鋏を入れません。
明日の朝から、シャキッとやりましょう。

昼まえから、ストーブの上でコロコロ。
焼いていたお芋さんを、今日のおやつに。
父も母もタイミングよく集まって来たので、一緒にお茶にしました。

さぁ。
暗くなる前に出発しましょう。
今夜はある企画の打合せです。
もう少し具体的にいろいろ決まって来ましたら、ここでお知らせするかもしれません。




庭からの眺め。
ずっと朝から、雪が降るのをながめてました。

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実家暮らし。

このところ、毎週末実家に来ています。
父は私が10歳のころまでは、勤め人でしたが、それ以降は母と一緒に袈裟の仕立てを始めました。
そして母は今も袈裟の仕立てをしています。
でも連携して仕事はしますが、基本的にはだいたいの担当が決まっています。
なので、仕事の担当者も納期もそれぞれ別で、それぞれ自分の仕事をしています。
もちろん重なる時もありますが、納期日が迫っていて忙しいとか…も、それぞれです。

なのでこうして実家に来て仕事をしていると言っても、父も母も私も単独でやっています。
昔は手伝ってくれる方が来られてましたので、仕事場でみんなでやっていましたが、今はお昼と夜のご飯を一緒に食べる以外は各自の自由。
何時から始めて、いつ休憩して、何時までやるか?それは皆、それぞれです。
自分のペースで仕事にかかります。
田舎は朝が早いので、うちのゆっくりとした朝の時間に、驚かれることもしばしばです。


私は平日は息子がいないので、食事の時間も決まってないし、全てにおいて自分の時間です。
けれどもこんなに自由にやってる実家でも、時間が来たらご飯の用意をして皆で食べて…と、ゆるいけど大切なルールがあります。
長い滞在は久しぶりのことですので、こういうことを忘れていました。

息子が小さかった頃、しばらく実家で世話になっていた時期がありますが、その時はまだアレルギーの完全除去食をやっていましたので、食べもののことでは、ずいぶんといろいろぶつかっていました。
今は、食べもののことだけでなく、いろいろなことが見えて来ましたが、あの頃はかなりピリピリしていました。
“同じ釜の飯を食う”ということがわかっていなかったのです。

あの頃から10年以上が経ち、息子も中学生。
両親も私も年齢を重ねています。
何をいつ食べるか?ということよりも、ともに心地よく過ごす時間の方が大切になってきました。
あの頃の自分を思い出すと、ムズムズしますが、過ぎ去ったことを考えても仕方がありません。
今の変化している自分でよかったことにします。

もう何年も前のことですが、「変わった!変わった!」と身近な人に言われました。
いい意味ではなく、悪い意味です。
変わったことが、いけないことのように言われました。
私は、人が素敵だな~と思うのは、変わるからだ!と思っていましたので、その人とは疎遠になってしまいました。
…その人には、うまく伝えることができなかったんだ!
ヘンなことを思い出してしまいました。
今なら伝えることが出来るでしょうか?


今日は雨があがってから外に出ました。
もわ~っとした空気で、2月とは思えない気温でした。
明後日くらいからぐんと寒くなる予報。

人も気候も変化があるからおもしろいのでしょう。
生きてるってそういうこと!


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縫い始めています。

1月からよく実家に来ています。
大きな袈裟を仕立てるために、場所が必要だからです。
仕事をおあずかりしてから、芯地、裏生地、どれにするか素材・色・厚さ等々あれこれ検討し、手元に揃え、どんな風に仕立ててゆくか、ずっと考えて来ました。
まったく初めての試みの袈裟。
初めての浄土真宗の裏付の七条袈裟。
なかなか鋏を入れることができません。

やっとやっと、見えて来ました!

数学の命題の証明を解くのと同じです。
ずっと頭の中にあって、あーでもないこーでもないと、考えています。
きっと顕在意識の中だけでなく潜在意識の中でも考えています。

まさに仕立てのアルゴリズム。
いかに無駄なくシンプルな方法で仕立ててゆくか?
それを見つけ出せば、結果的に美しく仕上がるでしょう。
あとはもう丁寧に手を動かすだけです。

どんな方が袈裟の仕立て業に向いているか?という話になった時、
自分で服を作ったりする人より、写経が好きな人だとおこたえしています。
縫うことに関しては、そうだと言えますが、仕立てのことも考えると、アルゴリズムを考えることが好きな人ということも、必要条件かもしれません。

袈裟の仕立て方はシンプルですので、いくつかのパターンを覚えれば誰にでもそうむづかしくなく出来るでしょう。
けれども、いろいろな仕事が入って来ます。
まっさらの生地で、定番のサイズとは限りません。
古い帯で仕立ててくださいとか、車椅子を使っておられるお坊さんです…とか。
目の前にある生地で、お坊さんのご要望にお応えする、そして美しく仕上げる。
それらの条件を満たすためには、それぞれの袈裟にあった、アルゴリズムを考えなくてはなりません。

今になって気づきましたが、どうやら私は袈裟に限らず、このアルゴリズムを考えるのが好き…?
いや、そういう次元でなく、そういう習性なのかもしれません。



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